睡眠薬じゃあ、なかなか死ねない!
今回は睡眠薬について触れてみたいと思います。
この記事をなんで書こうと思ったかというと、つい先日歌舞伎役者さんご一家が一家心中をはかるという悲しい出来事がありました。詳細な理由は分かりませんが、人気絶頂でご本人も歌舞伎界のために俄然やる気を出している方のようでもあり、そんな方が何故?と思うばかりです。何か、頑張りすぎてしまったことが、かえってプツっと凧糸が切れてしまったかのようなことになってしまったのでしょうか?
さて、今回気になったのはご両親の服薬自殺という点です。
睡眠薬のような、向精神薬を大量に服薬して死を迎えてしまったと報道されています。一体どの薬をどれくらい服用したのかも今のところ不明ですが、睡眠薬で自殺という報道がこれだけメジャーに報じられることって、ふと考えると近年あまり耳にしないなぁ‥と思いませんか。今時の睡眠薬って、ちょっとやそっと多く飲んだからといって、なかなか死に至ることは難しいとさえ言われています。
それはなぜか⁉︎ その辺りを踏まえて、今回は睡眠薬について紐解いてみたいと思います。
睡眠薬の歴史
睡眠薬の歴史は約150年ほどになります。1869年頃バルビツール酸誘導体というものが初めて合成され、睡眠薬としての効果が示されました。そして20世紀初頭にはこのバルビツール酸系の睡眠薬が広く使用されるようになりました。次いで1950年代になるとベンゾジアゼピン系という次の世代の睡眠薬が開発され、1960年代ころには主な睡眠薬の使用はベンゾジアゼピン系に置きかわるようになりました。そして1980年代、非ベンゾジアゼピン系というベンゾジアゼピン系と似た効果を持ちながら、副作用のリスクが低いとされる系統の睡眠薬へと主力の座は変わっていくのでした。
では、近年(現代)はどのようになっているのでしょう。詳しくは後で述べますが、最近は徐々にこれまでと薬の作用する系統が異なる新しい睡眠薬が選択されるようになってきました。その1つはメラトニン受容体作動薬というお薬。2005年に米国で承認され、現在では日本でも処方が可能となっている睡眠薬です。そしてもう1つ、オレキシン受容体拮抗薬というお薬です。このオレキシン受容体拮抗薬が最近主流となりつつあります。
睡眠薬の特徴
バルビツール酸系睡眠薬
バルビツール酸系睡眠薬の特徴として、まずはこの世に初めて登場した睡眠薬。中枢神経系を鎮静化させる作用があり、その効果はとても強力で眠りを誘導するものでした。過剰摂取や誤用により重篤な副作用や中毒性を引き起こす可能性があります。これは結局麻酔薬であり、意識を失い眠りにつくことと、筋肉をだらんとさせる筋弛緩作用があるため、量を増やしてしまうとのどが潰れてしまい、無呼吸の状態になってしまうお薬でした。
今や広く認知されている睡眠時無呼吸は、のどが潰れて息が止まると脳から「呼吸をしなさい!」というシグナルが送られます。その結果「ブハッ!」と呼吸を再開します。この時脳波を確認すると脳は起きた状態(覚醒反応)になっています(目が覚めるわけではない)。
ところが、バルビツール酸系の睡眠薬(もう麻酔薬と呼びますが)では、上述のとおり中枢神経系を鎮静させてしまっているので、この「息をしなさい!」というシグナルが送られてきません。よって、大量に使用すると意識を失い、呼吸も止まったままとなってしまうので、死に至る可能性のある危険なお薬でした。ある一定以上の年齢の方は、映画やドラマで睡眠薬で自殺をはかるというイメージに覚えがあるかと思いますが、これはこういった系統のお薬がもたらしたものでした。
因みにマイケル・ジャクソンが亡くなった際、専属の主治医が用いたのはバルビツールではありませんが、現在も全身麻酔での手術時に用いられる麻酔薬でした。日常的な使用頻度など分かりませんが、一般に寝れないからといって用いられるお薬では決してありません。
ベンゾジアゼピン系睡眠薬
このお薬は抗不安作用や睡眠導入作用があり、広く使用されてきました。よって不安を取り除いて寝付きやすくするという特徴があります。但し、バルビツール系ほどではないにせよ筋弛緩作用があることから、使用量を間違えると危険です。そして、依存性や急な薬の中断はかえって不眠を強めたり、また認知機能の低下やパニック症状などのリスクがあるため、長期的な使用には注意を要するという問題も抱えるお薬でした。
非ベンゾジアゼピン系睡眠薬
Zドラッグとも称されるこのお薬はベンゾジアゼピン系と似た効果を持ちながら、副作用のリスクが低いとされ近年では使用される睡眠薬の主流とされてきました。依存性や中止症候群のリスクが低いとされているものの、全く依存が無いわけではなく、やはり長期の使用には慎重になる必要があります。
また、このお薬の特徴としては筋弛緩作用がかなり軽減しているため、ちょっとやそっと大量に服薬したからといって、致死的な呼吸停止はかなり困難なものへと改良されてきました。よって、最近では睡眠薬で自殺をはかるということはあまり耳にしなくなっているかと思います。
ここまで述べてきましたお薬と、この後に述べる2つのお薬は全く異なるといっていいほど別のものという認識になります。それは作用する場所そのものが違っているからです。
バルビツール~ 非ベンゾジアゼピンまでは脳内のGABA受容体というところに作用しています。GABAって最近よく耳にしませんか?そう、一世を風靡した乳酸菌飲料をはじめとした、最近睡眠を良くするとうたっている食品に記載されているものです。GABAは睡眠や覚醒において唯一、脳に寝なさい!という鎮静性の情報を伝える(逆を言えば覚醒を抑える)神経伝達物質です。芸能人のコメントも後押しになったとかで、一時店頭から消える騒ぎになるほどでしたが、ここ1~2年、GABAをキーワードに睡眠に着目した食品が圧倒的に増えてきたのも事実です。
個人的には、いつ飲むんだろう? と効果発現のためにどの時間帯を推奨していたのかまでは知りませんが、朝飲んだら、それが寝る頃に作用するなんてことあるのかな?なんてこともちょっと思ってみたのでありました。
上記薬剤はGABAに作用することによって、イメージとしては強引に鎮静化させて、まるで押し付けるかのように寝かしつけている。そんなお薬になります。だから長期服用は避けたい。何となくお分かりいただけますでしょうか。
では次に、最近の新しいお薬について触れてみましょう。
メラトニン受容体作動薬
このお薬を語る際、まずメラトニンとは何ぞや?から入る必要があるでしょう。メラトニンとは、私たちの体内で自然に分泌されるホルモンで、主に睡眠覚醒リズムの調節に関与しています。
そのメカニズムとして、これは脳内にある松果体という部位で作られます。松果体は光の刺激を受けることでメラトニンの分泌が調節されます。通常、暗闇や夜間にメラトニンの分泌が増加し、明るい環境や日中は分泌が抑制されます。つまり夜暗くなると分泌されるもの、それがメラトニンです。
メラトニンは、体内の「時計」の役割を果たし、体内時計と外部の環境との調和をとることで、睡眠と覚醒のリズムをコントロールしています。夜にメラトニンの分泌が増えることで眠気を感じ、朝になると分泌が抑制されて覚醒状態になります。
メラトニンには、睡眠の調節以外にもさまざまな役割があります。例えば、免疫システムの調節や抗酸化作用、抗ストレス効果などが報告されています。また、メラトニンは自然に合成されるため、一般的には副作用が少ないとされています。
近年、メラトニンは睡眠障害や時差ボケの改善に対して、睡眠補助薬やサプリメントとして海外で利用されるようになりました。この夜暗くなると、眠気をさそうために自然と分泌されるメラトニンの効果が得やすくするお薬、それがメラトニン受容体作動薬です。
イメージとしては、メラトニンの効果をサポートするような感じですので、従来の睡眠薬のような、「飲んだらすぐに眠くなる!」というものとは異なります。効果を感じるまでに少々日数を要するのも特徴ですが、一緒に良く寝られるようにするための生活習慣の改善も必要とすることがあります。上述のとおり、朝になると分泌が抑えられる、つまり光を苦手としています。光を浴びることにより、メラトニンの分泌は抑えられてしまいます。
よっていくらメラトニン受容体作動薬を服薬しても、明るい部屋に居続けたり、スマホなどの光を浴びることによって効果がなかなか得られません。生活全般を見直すことも併せて行うことで、そのサポートをしてくれる。つまり人間の本来持つ自然な眠気に寄り添ったお薬と言えるので、このお薬を使用する際は、ご自身の生活を是非一緒に見直してほしいと思います。
オレキシン受容体拮抗薬
このお薬もまた、ヒトの自然な眠りに寄り添ったものであり、メラトニン同様、オレキシンとは何か?そこから入ってみたいと思います。
オレキシンは、私たちの体内で産生される神経伝達物質であり、覚醒状態や食欲の調節に関与しています。オレキシンは、中枢神経系(脳や脊髄)に存在する特定の神経細胞によって生成される物質です。正確にはオレキシンA(オレキシン-1)とオレキシンB(オレキシン-2)の2つの形態がありますが、一般的にはオレキシンとして総称されます。
オレキシンは、主に覚醒状態の調節に関与しています。中枢神経系の一部である覚醒中枢においてオレキシンは活性化され、覚醒や注意力を高める働きをします。そのため、オレキシンは「覚醒ホルモン」とも呼ばれることがあります。
また、オレキシンは食欲の調節にも関与しています。特にオレキシンAは、食欲を促進する作用があります。食欲刺激物質であるオレキシンAが中枢神経系に作用することで、食欲が増進されると考えられています。
オレキシンの異常な分泌や作用により、睡眠障害や食欲異常などの症状が引き起こされることがあります。例えば、ナルコレプシーと呼ばれる疾患では、オレキシンの不足や欠乏が原因で、昼間の過度の眠気や突然の睡眠発作が起こることがあります。
オレキシンに関連する研究はまだ進行中であり、その作用や役割については詳しく解明されている部分もありますが、まだ完全には解明されていない面もあります。
よって、日中私達が起き(続け)られているのは、オレキシンのおかげとなります。もしオレキシンが無かったら、歩行中や車の運転中でも、ホームで電車を待っている時や、包丁を持って料理をしている最中、自分の意志とは無関係に寝入ってしまうことでしょう。それは生命にとってとても危険な状態(例えば、目の前に熊が出現したとして、そんな危険な状態でもカクっと寝てしまうとしたら…)といえます。その性質を逆手にとって、オレキシンの働きを抑えることによって、寝やすくなるよね!というのがオレキシン受容体拮抗薬の効果になります。今のところ十分な研究データはまだ足りないものの、薬による依存の可能性は限りなく低いのではないかと言われています。
最近よく寝れないんだよなぁ
「先生、睡眠薬出して!」は正しいか?
これは、結論から先に述べておきましょう。答えは「No」です!
布団に入っても眠れないって辛いですよねぇ。実は私も25年来の不眠でした。今でも時折タイミングを逃してしまうと寝れないことがあります。そんな時、まず最初に行うことって睡眠薬を飲むことなんでしょうか。その前にちょっと待ってみませんか。多くの場合、寝れない背景にその原因となる無意識の行動が隠れている事がよくあります。
寝れない問題の原因にはどんなものが…
寝れない原因はさまざまな要因によって引き起こされる可能性があります。日常生活や環境の改善を試みることが最初に取り組んで欲しいことであり、とても重要です。現代の最大要因はスマホではないでしょうか。今や若い人のみならず、ほぼ全ての年代で夜スマホ(やパソコン)を遅くまで見ることで寝られなくなっている人が大変多くみられます。ここを見直すだけで寝つきが改善するケースはかなり多いと感じています。
また、最近では「リベンジ夜更かし」なんていう言葉もあるそうです。昼間の忙しさなど自由な時間が少なかった結果、夜帰宅後に「もう寝るなんて勿体ない」と夜更かししてしまう行為をさすそうで、起源は中国のSNSから派生した言葉とも言われています。情報に溢れ、日々忙しく過ごしているとついそんな気になってしまうことはとても理解ができます。きっと配信サービスやSNSなど情報に溢れている社会構造が、リベンジ夜更かしに陥りやすい原因ではないかと個人的には思っています。だって、NetflixやYoutubeなど私も試しに見てみたら、あっという間に時間が経ってしまい、なんか夜更かししたくなる気持ちが分かったように思いました。
リベンジ夜更かしに近い状況として、晩に眠気が一度来るものの、うたた寝などでその後再度起きてしまう人もよく見かけます。人の身体は朝起きてから15~16時間経つと眠くなるように設計されています。なので、例えば朝6時に起きる人は21~22時頃に眠気を感じているのではないでしょうか。しかし、うたた寝の他にも何となくまだ寝るには早いと思ったり、見たいテレビがある、丁度お風呂に入っているなど身体は寝かせてサインを送っているのに、それを自身の意識が無視をしてしまう結果、その後就寝しても寝付けなくなる事も頻繁に見かけます。
こういった事の見直しだけでも、夜寝れるようになったり、夜中に目が覚めなくなった、なんてこともお聞きします。この見直しにお手軽でとても役立つのが睡眠日誌というもの。当院のものも含め「睡眠日誌」と検索して頂くと多数ヒットしてきます。簡単に言うと、毎日の寝ていた時間を棒線を引いて付けるだけ。これにより毎日何時間寝ていて、寝る時間、起きる時間、睡眠時間のバラつきが一目で可視化出来るものです。他に眠気を感じた時間や昼寝、うたた寝などがあればそこも記すことでどこに寝れないだったり眠気の原因があるかを知る大きなヒントとなります。今ではスマホのアプリでも多数あるので、ご自身が手軽に管理できる媒体を使用されるのがおススメです。
※睡眠日誌のページへ飛ばす
1日のリズムを確認しながら、そこに音楽や香り、マッサージなどのリラクゼーションや瞑想、ストレッチ、ヨガ、深呼吸など自分が寝つきやすいアイテムを組み込んでいくのも解決の糸口が広がるのではないでしょうか。
因みに冒頭で述べたように、私も寝付くまで2~3時間は当たり前の不眠でしたので、寝れない自分から気付いた点を補足すると、寝れないときって…
- 呼吸が浅い
- 考え事が始まってしまう
- 考えないようにするとなお辛い
- 思考や発想の内容はネガティブ(ポジティブにしようとしてもダメなんですよね…)
- 横で家族がスヤスヤ寝ているとイラつく(自分の頭の中がネガティブなので(笑))
- 以外と肩に力が入っている
- 頭の上に負のオーラみたいなもの(熱量の塊?)があるような感じ
- この始まりって、就寝前は眠かったのに、布団に入った途端考え事が始まる
私は寝れないとき、こんな感じでした。そして頭の周りにまとわりつくような、寝れないオーラ(つまり考え事)を取り除くにはどうしたらいいものか?あれこれ試した結果、自分に合っていたものが2つありました。
1つは「足湯」。寝れないと思ったらいつまでも布団にしがみつかず、ベッドから出てしまいます。そして20~30分本を読みながら足湯をします。ほんのり額に汗がジトっとにじむ頃が1つの目安かも。その後再びベッドに入り込むと、先ほどまで頭の周りにモヤ~っとしていた考え事のオーラが、温まった足元に移動する感じに。足からの熱放散によるモヤ~が、考え事をしづらくしてくれて寝つきが良くなりました。
もう1つは「音」。ヒーリング音楽は安らぐかもしれませんが、個人的には寝付ける音楽ではありませんでした。そこでふと思ったのが「電車の音」。車内ってみんな寝てるじゃないですか。以前から、ガタンゴトンは寝付きやすい音なのでは?と何となく思っていたのですが、試したところ考え事をしなく(しづらく)なり、なんとものの5分で寝付いてしまいました。一人ひとりにとって「心地いい音」が秘訣ではないかと思っています。ですから音楽である必要はありません。
あくまで私が上手くいった対処法ですので、万人に効果を発揮するわけではないでしょうが、もし興味がありましたらぜひお試しください。
拙書「鼻スッキリで夜ぐっすり」でもふれています。(但し効果はあくまで個人の感想です!)
他にも持病により痛みや苦痛といった事が眠りを阻害することもあります。この場合なかなかいい対処法が見当たらないかもしれませんが、病気に対する対処法として可能な方法を主治医とご相談いただき、ご自身で少しでも安らげる方法があれば合わせ技として併用して頂くのがよろしいかと思います。このような場合お薬の併用も検討の対象となるかもしれません。
まとめ
今回は睡眠薬について触れてみました。
歴史的背景からも、現代のお薬はなかなか大量に服薬しても命に関わるような副作用を得ることは困難な事がお分かりいただけましたでしょうか。また、最新のお薬はヒト本来の自然な眠りに同調したお薬が主流となってきました。安全性がより高まってはきたものの、睡眠薬はあくまで一時的な解決策であり、根本的な問題の解決にはなりません。
安易に睡眠薬にすぐ手をのばすのではなく、無意識に隠されたご自身の寝れない理由に目を向けて頂き、ちょっとした改善によっても十分眠りは解消されることがよくあります。
そのために睡眠日誌のような、自分の眠りを可視化できるものを用いたり、寝付きやすさにつながる音や香り、運動など身近なものを活用してみては如何でしょう。
また、慌ただしい現代において、孤独感や疎外感、何かしら悩みや辛さは誰しもが感じ抱いている感情かと思います。
命と引き換えにするほど辛いようなら逃げればいい!
生きていればなんとかなるもの!
「生きてるだけで丸儲け!」 明石家さんま 引用元:バズニュース速報
そして、ひとり悩み抱えず、吐露できる相手がいればぜひ吐き出してください。
なかなか人に言えないようであれば、悩みを聞いてもらえるところを頼ってみてください。下記に記しますが、他にもいくつかあるようです。
補足
当院は不眠に対し心療内科的要因の診断、除外ができないため不眠外来は行っておりません。申し訳ございませんがご理解・ご協力のほど宜しくお願い致します。
たかしま耳鼻咽喉科・内科